以前のわたしはがんばっていたようです...
家族と一緒に住んでいたころのお弁当
今あらためて自分のつくっていたお弁当を見ると「いや~よくやってた!頑張ってたねえ・・・」と思います。
適応障害になったら、ごはんが作れなくなった。
適応障害になって、独り暮らしになった私は、全くごはんが作れなくなりました。気力も体力もなくてただただ悲しい・・・買い物すら苦痛・・・。でも何も食べないとおなかは空くのです。そこでどうしたかというと、宅配です。インスタのCMでnosh(ナッシュ)を見て藁をもすがる思いで注文しました。
レンジで温めるだけ。買い物も行かなくていい。作らなくていい。後片付けもしなくていい。届いたお弁当が果たしてうちの冷凍庫に入りきるか心配でしたが何とかクリア。
朝ごはんは食べない。職場の昼食は即席味噌汁とおにぎり。夜はナッシュ。そのルーティンをひたすら繰り返していました。
もうこれで十分だ。そう思っていました。
稲垣えみ子さんの本に目から鱗
それから半年くらい経って、たまたま読んだ本がありました。
稲垣えみ子さんの著書「もうレシピ本はいらない 人生を救う最強の食卓」です。
稲垣えみ子さんは、朝日新聞の記者でしたが、50歳で退職されています。その本には「メシ・汁・漬物」これだけで十分美味しくて、毎日食べても飽きることがないということが書かれていました。
これなら私でもいけるのでは・・・
そう思いました。
ごはんを炊いて、お味噌汁を作る。それだけなら出来るかもしれない・・・。なんとなく、ほんのわずかですがワクワクしていました。
今までさんざん家族のために私は凝った料理を作ってきました。家族が喜ぶ顔が見たくて、美味しいと言ってもらえるのが嬉しくてやっていたのですね。ですが、適応障害になって、たった一人になって、買い物に行っても子どもの好物や、家族のために選んできた食材を私は自分のために何一つ買い物かごの中に入れることができませんでした。あのゼリーは娘によく買って帰ったなあ・・・。食材を見るだけで、楽しかった昔を思い出してしまいます。「自分の食べたいものを選ぶんだよ・・・」お店の中で自分にそう言い聞かせながら、涙があふれてきました。
まずはごはんを炊くことから
私は一人になった頃、家族4人分のごはんを炊いていた炊飯器を手放しました。場所を取りますし、もうそんなに沢山のごはんを炊くことはもうないと思ったのです。かわりにストウブの炊飯用のお鍋を買いました。2合しか炊けませんが私にはこれがちょうどよいと思いました。
お米をお米屋さんで買うことにしてみた
今までは、スーパーか、ネットで買っていたお米を、近所のお米屋さんで買ってみました。初めてお店に入ったら、お店の方もちょっと驚いたようなお顔でしたが、「玄米を2キロください」とお願いすると、「はいよ!どの米がいい?」「それじゃ、おすすめのやつを・・・」「新潟のコシヒカリにするかい?」「はい!」そんなやり取りをして2キロのお米を買いました。こんなお店の人とのやり取りも、独り暮らしの私には有難いことでした。
小豆を入れて炊いた玄米ごはんです😊
これを6等分にしてラップで包み、冷凍します。朝これを解凍して塩を振り、すりごまをまぶし、おにぎりにして職場へ持っていきます。
「自分のために作る」これが私にとって大きなハードルでした。自分だけならもうどうでもいいと思ってしまったのです。でも、自分をケアしてあげたい・・そうも思いました。今まで頑張ってきた自分を自分がよくやったねとケアすることが私には必要なことなんじゃないかと思いました。
最近、ようやく自分の食べたいものを買い物かごに入れることができるようになってきました。
自分のことは後回しで家族のことを最優先で生きてきた私。
これからは、自分のことを優先していいのだと、ようやく自分自身が納得してきたような感じです。まだまだですが・・・少しずつ😊
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